info@travelabo.com 059-221-7000

アマゾン・トメアス

緑の大地アマゾンに、日本人が開拓し今でも自警しながら維持している村があります。1908年に日本からのブラジルの移民が開始されてました。神戸港から笠戸丸に乗り込んだ移民希望者は希望を持ってブラジルに向かったのですが、過酷な労働や第2次世界大戦などの様々苦難がありました。その中で一部の移民はアマゾンに送られてしまいました。そして巨木でふさがる緑の大地を切り開き、トメアスという村をつくります。

2008は移民100周年の年でした。その時にブラジルと日本の交流事業に関わり日本の移民について調べたのですが、その時にこのアマゾンのトメアスという村を知りました。また。私は小説にインスパイアされて行動することが多いのですが、この時もこのブラジル・アマゾンの移民を描く『ワイルド・ソウル』というとても興味深い非常に良い小説に出会い友人と2人で視察に向かったのです。

その時はドイツを経由してブラジルに向かったので、40時間近いのフライトでやっとサンパウロに着き、それからまた4時間のフライトでアマゾンのゲートウェイ、ベレンという街に着きます。この街でもたくさん日系ブラジル人に出会います。この町にも3000人の日系人が住み総領事館もあります。日本ブラジル商工会議所でお話を伺いますと、麻生太郎氏も昔ブラジルとの交流事業でベレンにきたことがあるとお聞きしました。数名の同年代の経営者に迎えていただき楽しい夜を過ごしました。ベレンで有名なマンゴーの並木道を進むと、港に着きます。下の写真はベレンの港とその向こうに見えるアマゾンの緑です。近くの市場には日本では見られない巨大な魚が売っています。

 

    

目的のトメアスはここからはまだ車で5時間ほどかかります。その時は1日しか時間がなかったので、セスナをチャーターしてトメアスに向かいました。ベレンの小さな草っ原の空港から、セスナで約1時間。眼下にはずっと緑が続きます。アメリカの上空を飛ぶとずっと荒野の広大な土地が見られますが、あれと同じ広さで、地平線まで緑が続く光景は圧巻で今も忘れられません。あとで気づくのですがブラジルを飛行機で飛ぶといつもこんな光景を見られます。ブラジル・アマゾンが『地球の肺』と言われているのがよくわかります。もっと簡素な空港というか、ただの草っ原に着陸するとそこがトメアスです。降りて辺りを見回すとなんと日本のお墓が見えます。外国のお墓でなく日本の四角い石でできたあのお墓です。そこでここが日本人の村であることが実感できました。そしてトメアス文化協会に向かいました。

 

 

 

トメアス文化協会に入ると入り口で座ってたおじいさんに声をかけられます。日本語で『遠いところからよく来たね』って。そして丁寧に事務所に通していただきしっかり私たちの話を聞いてくれました。そしてそれから移民資料館の写真を見ながら説明していただきました。そこには考えられない巨木を切り倒している写真があり、徐々にアマゾンのジャングルに農耕地ができ、徐々に人が増え街ができていく写真があります。150名程度で入植した先駆者は、アマゾンの大自然やマラリアなどの病気と闘い苦悩の日々を過ごしました。そこでわずか2本の苗から胡椒の生産を成功させます。そんな様子も小説『ワイルド・ソウル』にも綴られていますが、実際アマゾンでその写真を見ながら話を聞き、その時のことを考えると人間の絶大な強さを感じることができました。しかし今を安全に生きる私にはその苦悩は到底理解することはできないと感じました。(続く)